4年生になって、A子はアルバイト先の会社の社員とつき合い始めた。
その人は子なしのバツイチで、当時34歳か35歳。
私達友達は、A子の前では口に出さなかったけど、
一回り以上も年下の女子大生バイトに手を出すバツイチってどうなんだ、と思った。
A子はその人にプロポーズされて、卒業するとすぐ結婚した。その人はA夫とする。
プロポーズされてウキウキだったA子だが、結婚する前から現実の厳しさに直面した。
まず、自分の家族に大反対される。私達友達は静観。
A夫側の親族や友達も「ああ、そう。今度はうまくやってね」程度の反応。
意外にA夫母(未亡人)だけは「まあ可愛い人」と歓迎ムードだったものの、これでは結婚式や披露宴はできない。
思い切って自宅を飛び出して入籍したものの、A夫とA夫母が2人で住んでいたアパートに同居。
A子は就職しなかったので、A夫が仕事に出ている昼間は、A夫母と2人きり。
それだけでも息が詰まるのに、A夫母は歓迎どころか打って変わって延々と嫌味を言ってくる。
「こんなこともできないのか」「こんなことも知らないのか」「これではA夫を任せられない」
「前妻の方がましだった」「うちの息子はろくな女を連れてこない」等々。
A子はものをはっきり言うタイプで、これはA夫母よりA夫に問題があると気づいて、
「自分は社会経験もなく、恥ずかしいけど学生時代も遊んでばかりいたから、初めのうちは家事も何もできなくても仕方ない。
それを承知でA夫は結婚したんだろうし、今はちゃんとできるように努力している最中なのに、
なんでA夫母に好き勝手言われねばならないのか」とA夫に抗議した。
A夫は一通りA子の言い分を聞いて、深いため息をついてこう言った。
「君もそれか。どうしてみんなそうなんだ。
君達(前妻とA子のことを指すと思われる)は、僕の胃に穴をあけることしか考えてないんだな」
A夫の言い草に爆発したA子は、自分の実家には大見得切って飛び出してきた手前、帰れないので、
一人暮らしの私のところに転がり込んできた。
それで聞いたのが上記の顛末。
A夫の離婚の理由は、「性格の不一致で、どちらかの浮気や借金とかではない」としか聞いていなかったが、
A子は「やっと本当の離婚の理由がわかった。今、私が家出してきたのと同じ状況だったに違いない」
とおいおい泣いた。
でも翌日、A夫が迎えに来て平謝りしたので、A子は帰って行った。
その後1年くらい静かだったが、またA子がやって来た。
前回の家出の後、A夫は反省したようで、
「僕達2人の家を買おう。A夫母には自分の実家に帰ってもらう」と提案した。
A子はちょうど妊娠がわかったところで、いいタイミングだと大喜びだったんだけど、
「ここを買うことにした」と事後報告で持ってきた物件が、
たとえば現住所が東京で、A夫母の実家が名古屋だとすると、ちょうど中間の静岡(地名はフェイク)。
「僕は静岡→東京で通勤する。A夫母は名古屋→静岡で、君の妊娠中や産後のお手伝いにも来やすい」
A子の解説によると、「妊娠中や産後のお手伝い」というのは、A子を手伝うのではなく、
A子にお世話してもらえないA夫のお世話を、A夫母がしてくれる、という意味だそうだ。
「ね、これですべて解決!」と鼻の穴をふくらますA夫に、「自分の胃に穴があきそうだった」とA子は言っていた。
しかし、今度もA夫が迎えに来て帰って行った。
後に、子供は無事に生まれて元気に育っている、という連絡があった。
6年後、静岡の家のローンを返し終える前に、A夫母が他界した。
子供が小学校に上がる歳になり、A子は「子供は東京の学校にやりたい」と、
A夫を静岡に置いたまま、子連れで東京に帰ってきてしまった。
A夫は、なんで自分は、縁もゆかりもない、勤務先からも遠い中途半端な土地で、
一人ぼっちで多額のローンを払い続けているんだろうということに気がついたようで、
静岡の家を売り払い、東京に出てきて、A子の周りをうろついているらしい。
A子は静岡にいる間にパートに出て、多少の仕事の経験を積み、東京でも非正規ながら仕事を見つけた。
まだ書類上は夫婦でいるようだが、この先どうなるのか私は知らない。